☆ アレも、コレも、・ ・ ・ はじまりは 三重!( スナイパーのはじまり )○

  • 2020.02.27 Thursday
  • 07:00

JUGEMテーマ:お出かけ

 

元亀元年(1570年)5月、京都に逃れていた織田信長が岐阜への帰国ルートに選んだのが千種越  (千種街道)

 

これを火縄銃で狙撃しようと待ち構えていたのが杉谷善住坊。生年不詳 - 天正元年9月10日(1573年10月5日)

 

伊勢国杉谷(菰野町杉谷)の生まれと云われているが、鉄砲の名手だったこと以外確かなことは分かっていない。

 

 

信長公記には  ----------- 信長公記 千種峠にて鉄炮打ち申すの事 


日野蒲生右兵衛門大輔、布施籐九郎、香津畑の菅六左衛門馳走申し、千種越えにて御下なされ候。

 

左候ところ、杉谷善住坊と申す者、佐々木左京太夫承禎に憑まれ、千種・山中道筋に鉄砲を相構へ、

 

情なく十二、三日隔て、信長公を差し付け、二つ玉にて打ち申し候。されども、天道照覧にて、

 

御身に少しづゝ打ちかすり、鰐の口を御遁れ候て、目出たく五月廿一日濃州岐阜御帰陣。-----------   とある。

 

 

善住坊が放った2発の弾は、信長の懐にあった干餅(名古屋大須万松寺の和尚に貰ったもの)に当たり、掠り傷で

 

すんだと云われている。 (門前の茶屋で売っていた餅は「身代り餅」と称され、災難、厄除けのお守りとされた

 

 

善住坊の名前が広く知られるようになったのは、1978年のNHK大河ドラマ『 黄金の日日 』での杉谷善住坊。

 

 

 

もう一つはゴルゴ13。五百番目の記念すべきエピソード「史上初の狙撃者 杉谷善住坊 ザ ファースト スナイパー」。

 

ノンフィクション『 逆説の日本史 』 などで知られる作家  井沢元彦氏が脚本協力。杉谷善住坊が失敗した原因を 

 

ゴルゴ13が検証するというストーリーになっている。 <史跡> 杉谷城( 杉谷善住坊の居城 )​三重県菰野町杉谷

 

 

             

 

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